雑文集

徒然ってる

いまだに数学得意マンにあこがれ続けている

ここ数週間、数学の勉強していて、気づいたし身にしみてぽくなむちんしたことを書く。


数学を学び直すこと自体、台風で家沈みそうまじでじま!
ある夜急に思い立って、SEとして仕事をしているのだから今なら少しは数学が出来る気がすると思いついて即座に参考書を購入、久しぶりに解いてみたら面白かった。
勉強は理解できれば面白い。まじ当たり前田のクラッカー


出来のいい兄と弟みたいにしゅっとすぐ理解できなくて数学的センスが元からないとか。偏差値の差のえぐみよ
生まれつきの才能とすぐ諦めた。

はい大人になると何度もやってくる今ならわかるよってやつ
20代後半までWindowsの右クリックの使い方知らなかったひとがSEの仕事に就けたのは
理解するまで調査して検証して覚えての繰り返したからだしなんだってそう
アラサーから始めたマラソンだってそうだしお絵描きなんて記憶無い頃から始めて今がある。

しぬほど大人に言われた「継続は力なり」を大人になって体現して
学生時代スタートラインに立とうともしなかった自分を今苦くかなしく思うよ。

勉強がなんの役に立つのと、微分積分ができると何に活かせるのと屁理屈こねるのは成人したひとが何のために生きているのと言うくらい意味なし芳一。

気力体力共に十分、若さ大爆発な時に継続して努力を積んで磨きあげたものを、ある地点で真剣に証明することが受験なのかなと思った。
高校受験は近くて制服がかわいくてノー勉で入れる学区内で真ん中の高校を選んでサボりにサボったし、
MARCH以下には入らなくていいという家だったので大学受験は関係ないものだった。

継続は力なりを若いうちから体現してきたひとたちが同じ大学に入ったら一生ものの友達ができるのも納得した。
適当に入った学校で適当にできる友達は卒業式の翌日から他人になった。

十代のうちに真剣に勉強に取り組むという経験はもうできないけれど、
いまやっと点と点がきちんとした線になって来たので納得いくまで勉強したい。いや満足することなんてないから勉強なのか。


現代文が得意だった癖に何の役に立つのと聞かれたとしてもあの頃の私はきっと主観ばかりで論理的に答えられないな。
だってその為の勉強だもんね、ぽくなむちんっていうお話。